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【2025/06/21 14:58 】 |
小山亜矢
亜利弥’(ありや、1973年3月8日 - )は、日本の女子プロレスラー。本名:小山 亜矢(こやま あや)。和歌山県和歌山市出身。FIGHT CHIX所属。
目次 [非表示]
1 来歴
2 得意技
3 戦績
3.1 総合格闘技
3.2 キックボクシング
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク
来歴 [編集]

1996年4月14日、吉本女子プロレスJd'旗揚げ戦・六本木ヴェルファーレ大会において、対阿部幸江戦でデビュー。以後Jd'→大日本プロレス→LLPW→Jd'を経て現在はフリーランス。フリーランスになってからは、プロレスにとどまらず、総合格闘技、ボクシング、キックボクシングと幅広く活動している。
2010年10月10日、5年10か月ぶりの総合格闘技出場となったJEWELS 10th RINGのメインイベントで森藤美樹と対戦し、チョークスリーパーで一本負けを喫した[1]。
得意技 [編集]

夜叉スープレックス
戦績 [編集]

総合格闘技 [編集]
総合格闘技 戦績
16 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
4 勝 0 4 0 0 1 0
11 敗 0 7 4 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× 森藤美樹 1R 1:51 チョークスリーパー JEWELS 10th RING 2010年10月10日
△ 高橋裕美 5分2R終了 時間切れ 全日本女子プロレス「タッグリーグ・ザ・ベスト」
【総合格闘技ルール】 2004年12月19日
○ 内藤晶子 2R 1:09 腕ひしぎ十字固め CROSS SECTION 第1回大会 2004年4月18日
○ 押野愛子 2R 1:08 腕ひしぎ十字固め DEEP 13th IMPACT in KORAKUEN HALL 2004年1月22日
× ジェット・イズミ 5分2R終了 判定0-3 SMACKGIRL Third Season-III 2003年5月7日
× 虎島尚子 1R 6:28 腕ひしぎ十字固め ARKADIA 2003年3月29日
× 大門まい子 1R 3:39 ヒールホールド SMACKGIRL Third Season-I 2003年3月3日
○ 金井広美 2R 2:27 腕ひしぎ袈裟固め SMACKGIRL "JAPAN CUP 2002 GRAND FINAL 〜The Last Performance of 2002〜" 2002年12月29日
× 金子真理 5分3R終了 判定0-3 SMACKGIRL "JAPAN CUP 2002 開幕戦" 2002年10月5日
○ 川又尚美 1R 2:30 腕ひしぎ十字固め SMACKGIRL 〜Summer Gate 2002〜 2002年8月4日
× 高橋洋子 1R 1:43 フロントチョーク ZERO-ONE「IMPOSSIBLE TO ESCAPE」 2002年7月7日
× 彩丘亜沙子 5分3R終了 判定0-3 SMACK GIRL 〜GOLDEN GATE 2002〜 2002年5月6日
× 虎島尚子 6:28 腕ひしぎ十字固め ARKADIA 2002年3月29日
× しなしさとこ 1R 2:29 腕ひしぎ十字固め AX "We Want To Shine 〜輝きたいの〜" 2001年12月26日
× 久保田有希 5分3R終了 判定0-3 SMACK GIRL "Fighting Chance" 2001年6月28日
× アンナ・コピリーナ 2R 0:30 腕ひしぎ十字固め ReMix GOLDEN GATE 2001 2001年5月3日
キックボクシング [編集]
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× 佐竹のぞみ 3R終了 判定0-3 J-NETWORK「J-GIRLS Catch The stone〜9」
【J-GIRLSアラフォートーナメント2010 1回戦】 2010年7月25日
○ A.I 3R終了 判定2-0 四角い戦場 〜強兵達の主張〜【オープニングファイト】 2008年1月19日
× 成沢紀予 2分3R終了 判定0-3 J-NETWORK「J-GIRLS 女祭り 開幕戦」 2007年2月4日
× 柳川舞 2分3R終了 判定0-3 J-NETWORK&日本女子ボクシング協会合同興行「女祭り」 2006年10月29日
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【2011/01/03 00:46 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
├─≠ョ─ヵラスと野村高司
├─≠ョ─ヵラス 闘龍門
├─≠ョ─ヵラス









├─≠ョ─ヵラス TARUの舎弟として可愛がられる。
【2011/01/01 01:37 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
├─≠ョ─ヵラスと田中忠治
├─≠ョ─ヵラス 国際プロレス
├─≠ョ─ヵラス









├─≠ョ─ヵラス 力道山存命の頃に豊登が失踪事件を起こした際も、一緒に姿をくらました
【2011/01/01 01:35 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
セッド・ジニアス
セッド・ジニアス(Sad Genius、1966年 - )は、日本の男子プロレスラーである。本名:渡邊 幸正(わたなべ ゆきまさ)。山梨県上九一色村(現・富士河口湖町)出身。実家は山梨の代々武家。
経歴 [編集]

プロレスラーを志し、ルー・テーズからシュートテクニックを学ぶため自費でアメリカに渡る。しかし、アメリカに入国できず、国外退去処分を受けた。その後、テーズの用意したビザでアメリカに入国し、テーズに師事。しかし、テーズは800万円ほどの高額な受講料を渡辺から詐取しながら、実際に自分で教えることはほとんどなかったという。やむを得ず、道場生同士でレスリングを教え合い、同時期に道場にいた新日本プロレスの蝶野正洋に必殺技のSTFを授けたのも渡辺だとのことである。その様な理由から、テーズに対して、嫌悪感を持っていると同時に、リング上で「ルーと会って話がしたい」と発言するなど、複雑な想いを抱いている。
シュートテクニックを身に着けた渡辺は帰国し、ジョージ高野率いるPWCに入団。日本で正式なプロレスデビューを果たし、黒田哲(現在は哲広)、ウルトラマン・ロビンらとPWCの前座戦線を熱く盛り上げる。しかし、ジョージの弟であり、主要レスラーの一人でもある高野俊二からさまざまな理不尽な仕打ちを受けた上に、給料はもらえず、逆に寮の光熱費を自腹で払わされて、離脱した。
1995年、セッド・ジニアスと改名し、自らがエースを務める団体UNW旗揚げ。そこには、日本において失われた「クラシカル・レスリング」を自らの手で復興させなければならないというジニアスの強い使命感があった。また、ジニアスの高野兄弟への怨みは相当なもののようであり、会場には「高野兄弟立ち入り禁止」という紙が貼られていたという。予算難の中、苦肉の策として「オリーブの首飾り」をテーマソングに選び、バラの一輪挿しを口にくわえ、ワインとグラスの載った盆を片手に載せた入場シーンを行った。
2000年にはテレビ番組「開運!なんでも鑑定団」に出演。3月、因縁のジョージとUNWのリングで対戦。エプロンカウントアウトで敗れる。9月には「小さな巨人」と異名を持つグラン浜田と10カウントKOルールで戦った。
2002年には、「悲しき天才興行」で大仁田厚との対戦が予定されていたが、大仁田側が一方的に契約を破棄したとのことで、代役のタイガー・ジェット・シンとのシングルマッチを戦う。フォール負け。ちなみに、レフェリーを務めたのはプロレスの裏側を暴露する本を書いたミスター高橋だった。
その後、大仁田相手に約1000万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こしたものの、大仁田がジニアスとの対戦を受けることで和解。2003年、双方の弁護士がリングサイドでリング上をにらむ異常な雰囲気の中で、両者はタッグマッチを行う。しかし絡まずに試合が終了。試合後、納得できないジニアスが大仁田に詰め寄ると、大仁田の公設秘書を務める中牧昭二と乱闘が起こった。これによってジニアスは負傷し、プロレスができなくなったとして、1500万円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に起こす。その後、メールによって大仁田から脅迫を受けたとして、告訴の意向を表明すると、大仁田も逆告訴の姿勢を見せ、泥仕合の様相となった。2006年4月28日に東京地裁での判決があり、大仁田の使用者責任も認め、暴行した秘書と2人に78万円の賠償を命じた。しかし、この際上記の行為について勝敗はあらかじめ取り決めがあり渡辺が大仁田にいきなり殴りかかる行為は事前の取り決めに反する行為であり、プロレスでは事前の打ち合わせに反する攻撃は許されないとして渡辺側の落ち度も認め、プロレスが事前に勝敗を定めて行われるショーであることを示唆した。この結果に納得しない大仁田は控訴したものの、同年10月25日東京高裁は地裁の判決を支持し、2007年3月15日の上告棄却決定により確定した。
その他にも、飛行機に乗った際にエコノミー症候群になったとして航空会社を告訴する姿勢を見せたり、2006年にはプロレスの裏側を綴ったドキュメンタリー「バッジを外せ!!リングを降りろ!!」を出版するなど、そのクレーマー的な姿勢で何かと話題を呼ぶプロレスラーである。
【2010/12/31 00:42 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
杉卓也
杉 卓也(すぎ たくや、男性、1983年10月6日 - )は、日本のプロレスラーである。静岡県袋井市出身[1]。闘龍門X11期生として2003年プロレスデビューを果たした。
その後は、各団体を渡り歩き、様々なリングネームを名乗っている(その多くはマスクマンである)。現在は覆面レスラーのSUGI(スギ)として主に活動している。
恵まれた反射神経と小柄ながらのスピード技が特徴であり、みちのくプロレス参戦時に、ザ・グレート・サスケは『次期みちのくのエース。サスケの名前を受け継いでもいい。』と絶賛した。
目次 [非表示]
1 経歴
1.1 ミニCIMA
1.2 遮那王
1.3 義経
1.4 エル・ブレイザー
1.5 SUGI/Sugi San
1.6 その他の経歴
2 タイトル歴
2.1 義経
3 脚注
4 外部リンク
経歴 [編集]

主に杉が名乗ったリングネームにおける経歴を古い順に列記する。なお、短期間や単発・不定期のもの、および正体が正式に公表されていないが杉である可能性が濃厚とされるものは別記する。
ミニCIMA [編集]
闘龍門XにおいてミニCIMAとして、スモールダンディフジ(現:沖本摩幸)、SUWAシート(現:KAGETORA)、TARUシート(引退)とミニC-MAXを結成する。当時、闘龍門JAPANで活動していたCIMA(現:DRAGON GATE所属)のミニ版として活躍。本物のように華麗なファイトのほか、自らのオリジナルホールド、三角跳び式マッドスプラッシュは他団体にも注目視されていた。
闘龍門X解散までずっと悪ぶったスタイルで団体最終興行も選手全員がセーラーボーイズと踊るなか、一人黙ってポストに座り、最終円陣を組んだ際も一人取り残されている。
必殺技
三角跳び式マッドスプラッシュ
アイコノクラズム
遮那王 [編集]
2004年9月に闘龍門Xが活動を停止した後、MICHINOKUレンジャー金としてみちのくプロレスに参戦。その後、平安時代からやってきた源義経をモチーフとする覆面レスラーである遮那王(しゃなおう)となり、みちのく所属選手として再デビュー。
2005年みちのく二人旅トーナメント戦では景虎(現:KAGETORA)と組み優勝を果たすも表賞式で分裂。後日シングルを組まれるも敗戦。
一部では「遮那王様」と呼ばれる程の人気を獲得した。
必殺技
鞍馬八流
遮那王名義での最高位フィニッシュムーブ。シューティング・スター・プレスにさらに横回転を加えた技。
義経 [編集]
2005年12月、ゲームソフトPS2『義経英雄伝 修羅』の企画で遮那王は義経(よしつね)へと元服する。後に新崎人生から元服祝いとして東北ジュニアヘビー級王者TAKAみちのくとの東北ジュニア戦への挑戦権を獲得したが敗戦に終わる。元服時は武蔵坊弁慶のコスプレをした新崎人生とタッグを組んだ。
2006年、プロレスリング・エルドラドに移籍する。しかし、みちのくプロレスには義経として参戦を継続。エルドラドではエル・ブレイザー(後述)として活動し、二つの団体でそれぞれ別のキャラクターとして平行して活動する。
2007年、王者GAINAから東北ジュニア王座を奪還。同年のふく面ワールドリーグ戦では獣神サンダー・ライガーを丸め込んで準決勝進出という大金星をあげるも、アトランティスに破れて決勝進出はならなかった。しかしその勢いに乗ってGAINAに挑戦、念願の東北ジュニアヘビー級王座を獲得、第十代王者となる。
2008年、ザ・グレート・サスケと東北ジュニアタッグを奪還。第十一王者組となり、初の東北二冠を達成する。シングル防衛戦にてタッグパートナーであるサスケを破り師匠越えを果たした。その後6度の防衛に成功するが、フジタ"Jr"ハヤトにベルト奪われる。その後タッグ王者からも陥落、さらにケガにより長期欠場し、それらを理由にみちのくのリングを去ることを宣言する。
性格面の特徴としては、冷静沈着でほとんど喋らない。しかし、上記のライガーから勝利をあげた際は喜びを爆発させ「俺がみちのくを守る!」と絶叫した。それ以来マイクを取るようになる。
必殺技
修羅
義経名義での最高位フィニッシュムーブ。シューティングスタープレスよりさらに180°回転し、セントーンを決める技。
シューティング・スター・プレス
遮那王・義経両名義においてメインのフィニッシュムーブ。相手が避けたときに着地してみせたこともある。
五条大橋
遮那王・義経両名義において常用。コーナートップで相手に背を向け、相手が突っ込んできたところでロープの上を側転して避けてみせるムーブ。そこから後ろ走りで後ろのロープに返って741に繋げることが多い。
741
遮那王・義経両名義においてトップロープを使って相手の延髄または顔面への619。「なすのよいち」と読む。
衣川
十字固めをした後相手の右足を掴み、脱出を困難にするクイック技。獣神サンダー・ライガーを破った技である。
サスケスペシャル1号
サスケよりも危なげなく成功させるが、「綺麗に技を決めるのを優先し、相手へのダメージがあまりない」との指摘を受けている。
スワンダイブ式ファイアーバードスプラッシュ
ノータッチ場外→場内ミサイルキック
花道からロープを飛び越え、リングの中央のライガーを蹴り飛ばして奇襲するという人間離れした跳躍力を発揮。
テーマ曲
風林火山
エル・ブレイザー [編集]
2006年、プロレスリング・エルドラドに移籍し、同団体に謎の青い覆面レスラーとして登場。前述の通り、みちのくプロレスでの義経と平行しての活動であった。
当初は背に青い羽根を付けていた。名前のとおり青い炎をイメージしたもので飛び技の時は、飛び散る様子を表現しようとした。しかし試合終了後はリングに散らばってしまい、以降は夏服と称し羽根を装着しなくなった。
リング外では遅刻やミラニートコレクションa.t.のダンス練習を邪魔するなど、ある意味問題児扱いされていた。
2007年2月22日、自らフリーへの道を選びプロレスリング・エルドラドを退団。ZERO1-MAXを主戦場としSWORD軍の一員として活動。
2008年、望月成晃が持つインターナショナルジュニアヘビー級王座に挑戦する。ミニCIMA時代の技を解禁し優勢だったものの敗退。その後、望月からタッグパートナーとして誘われ、それに応じた。
必殺技
スワンダイブ式ドラゴン・ラナ
エル・ブレイザー名義での最高位フィニッシュムーブ。トップロープに飛び乗ってそこから更にジャンプして前転しながら、相手に飛びつきウラカン・ラナを決める。
ライトニングストラック
リングに背を向けた状態から後方に飛びつつ「前転」してのファイヤーバードスプラッシュ(リバース450°スプラッシュ)。
ブレイジングアロー
コーナーにもたれた相手に向かい他のコーナーからロープ上を早走りでドロップキック。義経でも使用することがある。
SUGI/Sugi San [編集]
2009年7月、メキシコの団体AAAと契約し、メキシコへと主戦場を移した。そして新キャラクタースギ (SUGI) として同月12日にデビュー。AAAでは日本のリングに縁のある、オリエンタル、ケンゾーとルード軍「ラ・ヤクザ」を結成する。ジャック・エバンス、エクストリーム・タイガー、ロッキー・ロメロなどと、AAAクルーザー級の中心に君臨する。
2010年12月には、AAAからの派遣としてプロレスリング・ノアへSUGIとして逆上陸し参戦する。
必殺技
シューティングスター・プレス
その他の経歴 [編集]
MICHINOKUレンジャー金
みちのくプロレスに2004年に登場。その後は遮那王として同団体で活動。正式には正体が杉卓也と公表されていない。
ハッスル仮面レッド
ハッスルに登場した正義のヒーロー。正式には正体が杉卓也と公表されていない。
リトル・ドラゴン
2005年、dragondoorにて活動。
必殺技
ウルトラ・ドラゴンラナ
リトル・ドラゴン名義での最高位フィニッシュムーブ。コーナートップからローリングセントーンの要領で飛んで、相手に飛びつきウラカン・ラナをきめる。
AHII
全日本プロレスに登場。同団体とサンリオによるコラボ・レスラー。正式には正体が杉卓也と公表されていない。
詳細は「AHII」を参照
THE★ZEST
2007年にZERO1-MAXに登場した覆面プロレスラー。正式には正体が杉卓也と公表されていない。
詳細は「THE★ZEST」を参照
ラビット・ボーイ
2008年2月、PLAYBOY CHANNEL NIGHT 2008に登場したレスラー。正式には正体が杉卓也と公表されていない。
なまず仮面
健介オフィスにて登場。他にも2人いるが、1号などの区別がない。正式には正体が杉卓也と公表されていない。
タイトル歴 [編集]

義経 [編集]
みちのく二人旅2005年優勝(パートナーは景虎)
東北ジュニアヘビー級王座(第10代)
【2010/12/31 00:42 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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