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【2025/04/25 07:53 】 |
トミー・リッチ
トミー・リッチ(Tommy Rich)のリングネームで知られるトーマス・リチャードソン(Thomas Richardson、1956年7月26日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。テネシー州ヘンダーソンビル出身。ニックネームは "Wildfire"(野生の炎)。
目次 [非表示]
1 来歴
2 得意技
3 獲得タイトル
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク
来歴 [編集]

1974年、ジェリー・ジャレットにスカウトされ、地元のテネシー地区でプロレスラーとしてデビュー。以降1980年代を通し、テネシー地区(CWA)、ジョージア地区(GCW)、アラバマ地区(SECW)など、NWAの南部テリトリーを中心に活動。ジョージア地区ではオースチン・アイドル、マスクド・スーパースター、オレイ・アンダーソン、イワン・コロフ、バズ・ソイヤー、ファビュラス・フリーバーズなどトップクラスのヒールと流血の抗争を繰り広げ、ベビーフェイスとして一時代を築いた。
1981年4月27日、ジョージア州オーガスタでハーリー・レイスを破り第59代NWA世界ヘビー級王者となる。その4日後にはマリエッタでレイスにタイトルを奪還されたが、この記録はジャイアント馬場をしのぐNWA世界王座史上の最短命記録であり、史上最年少での王座戴冠記録でもあった。マイケル・ヘイズがテレビ番組『WWE 24/7』で語ったところによると、この王座移動はNWAまたはレイスの許可なく、プロモーターの指示でレフェリーが早くカウントを取り勝利させたものだという[1]。
1983年、全日本プロレスに初来日。その後も度々来日し、ジャンボ鶴田と名勝負を残した(リッチも鶴田もフライング・ボディシザース・ドロップを得意にしていた)。また、アメリカにおけるスタン・ハンセンの盟友として、プロレス専門誌の海外情報コーナーにもよく登場した。1980年代後半には古巣のCWAに復帰し、旧敵オースチン・アイドルと組んでジェリー・ローラーと抗争した(この抗争劇は、業界紙『レスリング・オブザーバー』において1987年の "Feud of the Year" に選ばれている)。
1991年からWCWへも参戦し、1993年にはUSWA、1995年にはジム・コルネットのSMWで活動。この頃になると体重も増加し、ラリー・シャープを思わせる風貌・体型になり、かつての金髪アイドルのイメージを完全に払拭してヒールに転向した。1996年よりECWに登場し、ザ・ビッグ・ドン(The Big Don)のニックネームでイタリア系ユニットF.B.I.のマネージャーとしても活動[2] [3]。
2000年にECWを離れプロレス界から引退したが、2006年よりインディー団体への単発出場を開始。かつてのライバル達との因縁の対決も再現しており、2007年5月15日にジョージアのAll-Star Championship Wrestlingにてマスクド・スーパースター、同年8月5日にクリーブランドのAll-Pro Wrestlingにてジミー・スヌーカと対戦した。2008年6月7日には、アトランタで行われた "NWA 60th Anniversary Show" にてアブドーラ・ザ・ブッチャーとノーコンテストの激闘を演じている[4]。2009年8月9日にはECWの影響下にあるJCWが主催した "Bloodymania" に登場、サブゥー対レイヴェン戦においてレイヴェンのマネージャーを務めた。
得意技 [編集]

フライング・ボディシザース・ドロップ
ダイビング・フィスト・ドロップ
スリーパー・ホールド
獲得タイトル [編集]

GCW
NWA世界ヘビー級王座:1回
NWAジョージア・ヘビー級王座:3回
NWAジョージア・タッグ王座:6回(w / トニー・アトラス、スタン・ハンセン×2、サンダーボルト・パターソン、ワフー・マクダニエル、クラッシャー・リソワスキー)
NWAジョージアTV王座:1回
NWAメイコン・ヘビー級王座:1回
NWAナショナル・ヘビー級王座:3回
NWAミッドアメリカ / CWA
NWAミッドアメリカ・ヘビー級王座:2回
NWA南部ヘビー級王座(メンフィス版):2回
NWA USタッグ王座(ミッドアメリカ版):1回(w / トージョー・ヤマモト)
NWA6人タッグ王座:2回(w / トージョー・ヤマモト&ジョージ・グラス)
AWA南部ヘビー級王座:2回
AWA南部タッグ王座:4回(w / ビル・ダンディー×2、エディ・ギルバート、ダッチ・マンテル)
CWAインターナショナル・ヘビー級王座:1回
CWA世界タッグ王座:2回(w / ビル・ダンディー、ジェリー・ローラー)
SECW
NWAサウスイースト・コンチネンタル・ヘビー級王座:1回
NWAサウスイースタン・タッグ王座:3回(w / ビル・ダンディー、ジョニー・リッチ、スティーブ・アームストロング)
WCW
WCW世界6人タッグ王座:2回(w / リッキー・モートン&ジャンクヤード・ドッグ、リチャード・モートン&テレンス・テイラー)
USWA
USWAヘビー級王座:4回
USWA世界タッグ王座:4回(w / ダグ・ギルバート)
その他
SMWヘビー級王座:1回
AWFタッグ王座:1回(w / グレッグ・バレンタイン)
脚注 [編集]

^ GCWプロモーターのジム・バーネットは同性愛者を公言しており、トミー・リッチはバーネットと寝て王者になったという噂が今も残っている。それほど、彼の王座移動は議論の的になっている。
^ リッチ自身はイタリア系ではないが、F.B.I.はプロレスにおける民族ギミックのパロディ的な側面を持っていたこともあり(黒人のメンバーもいた)、イタリア系の出自を自称して「ビッグ・ドン」を名乗った。また、架空の6人タッグ王座をでっち上げ、当時は1990年代後半であったにもかかわらず「先月はフリーバーズ、今月はエリック兄弟の挑戦を受けた」などと時空を超えた戦歴を吹聴した。
^ “Full Blooded Italians”. Online World of Wrestling. 2010年3月16日閲覧。
^ “Tommy Rich returns to Atlanta for fan fest”. SLAM! Wrestling. 2010年3月11日閲覧。
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【2011/01/05 02:03 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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